終演の御礼:めくるくるくる
May 12, 2024
ご覧いただき、何かと気にかけていただき、誠にありがとうございました。
すぐさま御礼をしなければならないところでしたが、ご容赦ください。
少し無理をしていたようで、あまり調子のよくない2週間を過ごしておりました。
本記事も、5月12日から書きはじめ、1週間以上経ってしまいました。
ご挨拶が遅れ、大変失礼いたしました。
観てもらえるから、助けてもらえるから演じられる。
私は他人への感謝を忘れがちですが、観てもらえるというのは本当に大きな力になりました。
ご予約いただくたび、クラウドファンディングでご支援いただくたび、お返事をいただくたび、力になりました。
人前で演じるというのは、何度もやってきたことではありますが、すごく特別なことです。
応援してもらえるというのは、私を認められていることだと、強く思えます。
本当にありがたいことに、昨年から今まで、とても多くのお声かけをいただき、頻繁にショーやワークショップ活動を行うことができました。
自分が活動することで誰かが「楽しい」「助かる」「すばらしいことだ」と言ってくれる。それがうれしくて、ありがたくてやりつづけることができました。
その締めくくりとして、「めくるくるくる」がありました。
走り切れて、ほっとしています。
今後ですが、大規模な活動は来年3月まで休止し、他の案件もなるべく入れず、回復と勉強、そして負担をかけつづけてきた家族のために時間を取ろうと思います。
とはいえ、定例活動(ワークショップやショー)はありますので、そこでまたお会いできればと思います。
自分のために、周りのために、世の中のために、正確に言えば世の中のためになっていると自分が感じられるように、少しお休みをいただいてから演劇をやっていこうと思います。
ありがとうございました。
ここでご挨拶は以上となるのですが、終わってみての長い感想を書いておきますので、よろしければお読みください。
推敲した名文ではなく、書き散らしたものではありますし、文体も不統一で読みづらいですが、記録として。
終わってみて、冷静と情熱のあいだでがんばれたかなあと。
バランスよくがんばれた気がする。
いろいろ聞いていると「役に立てた」んだなあと感じた。この「役に立つ」は嬉しい。
もちろん、これまでも私がいることによって影響を与えてきたし、想像もできない楽しさを生み出してきた自信はある。
それに加え、インプロという空間において、地味に堅実に貢献できたような感覚がある。
華麗なるスルーパスを出すことは難しいけど、しっかりポジション取りをして、来たパスに対して、奇をてらわず普通にパスしたり、パス回しがしやすい空間に貢献したような感じ。
バレーでいうと、トスができた感じがする。
舞台に出ることが、”As usual”感が出てるのでは。
演劇が、インプロが生涯の一部として確固たる地位を築いてきたんだろう。
でも、「これで最後かもしれん。インプロも、芝居も」という気持ちを意識した。
きっとそんなことはないんだろうけど、そうなるかもしれない、と。
以前の現場で、よく「これが最後と思え」と声かけする人と一緒にやり、影響を受けたことは大きいと思う。
また出るかもしれない。もう出ないかもしれない。先のことは考えない。今回だけ、今日だけ、今だけがんばろう。その連続でやったと思う。
同時に冷静な部分もあって、「俺がたとえコケたとして、公演が致命的なダメージを受けるわけではない」とも思っていた。
決して卑屈になっているわけではなく、落ち込みすぎないようにする安全装置としてのマインドセット。
あー、安全装置を意識したということは、やっぱり無理はしてたんだろうな。
本当に、公演が終わって、自分の密度が薄くなったように思う。
ちゃんと無理ができたんだなあ。それはそれで、うれしいなあ。
そして、このビジュアルです。
召使ターコイズ。
こんなきれいなビジュアルもらったことないですよ。
演劇はいいな。自分とまったく違ったものになれる。
私が演じるからには私の核はあるんだけど、まったく違ったものになれたと思う。
誰かに仕える。それは快感かもしれない。
だんだんと自分がやりたいことというのが薄れてきているように思う。
無気力になったということもあるが、人類社会全体をよくしたい(ひいては自分を守るためなんだけど)と思うようになってきた。
この人だ、この団体だ、という応援する対象が見つかれば、そのために力をふるいたい。
幸運なことに、「その力を貸してくれ」と言われるので、ありがたいことである。
シーン中も、だいたいはLow Statusにいることが多かった。
そこに居続けるというよりは変化していく楽しさがあったのだけど、基本ラインは「ご主人様に絶対服従」だった。
これが楽しく感じてしまうのは、なんだか危ない気もするけど、楽しかったんだからしょうがない。
第5ステージ「植物」の回で、王子に「裸踊りをせよ」と命令され、それに従うというのは自分の服従レベルを証明できたように思ったんだろう。そして、王子も楽しくなってくれたことが本当にうれしかった。そして最後は少年まで加わってくれて裸踊りをするという、公序良俗とは別の世界線を作ることができました。
キャラクターを維持するというのが苦手な私ですが、今回はかなりキャラクターで居られたように思います。
役になってリアルに生きる。演劇だなあと。演劇やったなあと思います。
演劇は楽しい。だから続けられる。
今回はあまり思い悩まなかった方だとは思いますが、こんな気持ちになることもありました(この写真自体はそういう気持ちを撮られたものではないですが。むしろ、いい芝居だなあと感じているところ)。
ちゃんと無理をした、という話。
上述したけど、バランスよくがんばれた。
バランスよく、というと、可もなく不可もなく、批判されないようにこなしたような印象を自分では持ってしまうけど、そういうわけでもない。
でもある意味、賢しくなっているのかもしれないなあと。
壊れないよう、疲れないよう、気を使ってきた。
一度、私と似たような精神疾患になった友人がよく言っているのが、「最大HPが減った」「ふんばりがきかなくなった」という言葉だ。
程度問題もあるかと思うが、私も似たようなものを感じている。
その中で、かなり贅沢な活動をしようとしているのだから、何かしら無理はある。
でもなんとかやれているのは、助けてくれる人、特に妻がいるからだなと思う。
それでも、いやもう無理かもしれん、とよく思う。
理想とする勉強量には遠く及ばず、その場でリクエストされることになんとか対処しているような状態。
これが何年も続いている。特に最近は、習慣にしていた体のメンテナンスすら、やる気力がなくサボり気味である。
勉強量、練習量、本番頻度、全て遠く及ばない人たち。差は開き続けている。自分は変われていない。せめて、迷惑をかけないように・・・
などと思うが、9割は思い込みだろうと思う。
事実として練習頻度は遠く及ばないが、別で感性を磨いている。
会社のお仕事、家族との時間、演劇教育活動、別現場での経験、それらを持って、異質なものを持ち込めたのではないかと思う。
そもそも、オファーされているのだから、自信を持ってやればいいのである。
インプロは本番で最高のシーンができるとは限らないと思う。
リハーサルや、なんだったら稽古のウォームアップゲームで極大点が現れることがよくあると思う。
はじめてdoubleblowでインプロ公演をしたとき、ゲネが最高に良くて、全員で「ああ、、、最高点でちゃった、、、」ってなったことを思い出す。
稽古でも、自分自身で納得いかないことはたくさんあった。
家に帰って、風呂に入って、今日の自分の失策を思い出して叫び出すなんていうのはしょっちゅうだった。
自分がいちばん足を引っ張っている、と思うことも複数回あったが、それはそれでかなり思い込みが入ってると自分でも予想がついたので、風呂場で叫んで流して、寝て仕事行って次の稽古に出ました。
でもそういうものだ、と。叫びたいほどの(しかも、そのうちのほとんどはきっと誰も気にしていない)ミスをしても、それを気にしてコストをかけるべきではない。今は今だ、と。
今回、稽古から本番、だいたいすべて、地道にやれたなと。最高を求めるんじゃなく、今日を過ごそう、と。
だからこそ、私の芝居についていい評価をいくつもいただけたのかもしれない。
「日本有数のインプロバイザー」「前々から唯一無二の価値はあったが、インプロバイザーとして普通にすごい」「身体が俳優」「裸踊りとか天才ですか」などのうれしい評価もいただくことができた。
インプロバイザーとしての評価もそうだし、舞台俳優としての評価もいただけたのは、これまた嬉しいことです。
舞台俳優としての鍛錬は、主に大学時代にやりました。
大阪大学ESSドラマセクション(別名として、劇団登竜門というのがあったらしい。使ったことはないけど)、劇団綺畸で教えられたことがそのまま通用している。もちろん、毎回思い悩み、何かと工夫してやってきたのだが、基礎は身体訓練を集中的にやったあの時代なんだろう。
学生劇団での経験というものが、ここまで重宝されるとは。いいこと教えてもらってたんだなあ、と今になってわかる。
これを書いている日は複数にまたがるわけだが、演劇部の外部指導でも身体訓練についてシェアすることがあるが、自分にも積み重ねたものがあるんだなあ、と再認識した。
もっと勉強せんとなあ、と思う。
気力がカスッカスなのが続いていて手が出せてない。
じゃあ気力を潤すための行動を取っていけばいいんだなと。
酒はほどほどに。ちゃんと寝る。まずはそこから。
でもそれすらできてないんだから、今、ひとつ、深呼吸をすることから。
今回、ちゃんとやれたと思う。
「これでしばらく休む」と宣言したことが大きい。区切りだ、と思うことで手抜きから遠ざかることができた。
よかった。
一方で、そんなものなしに、気合が出せないものか。
まあ、それは、その時に考えるか。
しばらくは本公演レベルのものには関わりません。
他の活動もなるべく辞退して、家族と仕事と、そして休みの比重を増やします。
意欲的に次の活動ができるよう、しばらくお暇をいただきます。
舞台の上から、皆様にショーというご奉仕をいたしました。
幸せでございました。ありがとうございました。
以下、写真たち。まだまだ載せ足りない。
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シャッフルキャストでは、タンザナイト様をやれました!
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